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旅のふりかえり4/隆二の場合「いちばんはナタリーだなぁ」

 海外旅行そのものが初めて、という子たちも引率してのトリップでしたが、最終日まで滞りなく守られて、感謝しています。

 背後の多くの祈りに感謝ですし、受け入れてくださった多くのスウェーデンの方たち、ホストファミリーにも感謝です。

 また、特に大村智康師に感謝したいと思います。彼は準備のために多くを担ってくれて、今回の意味深い旅程を作ってくれました。そして、祈りつつ岡山駅で私たちを送り出してくれました。

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 旅というものは良いもので、様々な非日常的な体験を連続して味わうことができます。緊張と安心、コミュニケーションの壁が取り去られていく過程、異文化の新鮮さ、互いの共通点の喜び、そして特にクリスチャンにとっては、「同じ信仰」が持つ圧倒的な絆の強さの確認。

 旅のメンバーは、多くに戸惑い、大いに楽しみ、深く喜び、そして「いるべき場所」を再確認したことだと思います。

 彼らに自由に書いてもらった日記を、皆様も楽しまれたことでしょう。誰一人同じ感想はありません。全員が神さまのオリジナルの作品であり、それぞれの感性があり、異なった表現があります。

 人は真理を心に持つことで、自由を手にします。真理のない自由は彷徨です。

 エックショーの田舎の心地よい教会でも、エキュメニア本部のエリートたちのセミナーにおいても、高度に洗練されたノルマルム教会の都会的な教会活動の中にも、いつも聖書を中心にしようという眼差しがありました。

 ノルマルム教会の大聖堂の正面には、やはり開かれた聖書が置かれていたのでした。

 永遠に変わることのない神さまのことば。その上に立てるなら、教会はより自由に生まれ変わり続け、キリストの愛をのびのびと表現することができるでしょう。

 さて、なんだか抽象的でふわふわしたこと書きましたが、私が今回一番うれしかったことは、ナタリーのことです。

 日本ダイスキ!で、日本語クラスを取っているナタリーは、HUNTERXHUNTERとナルトが大好きな内気な女の子です。スカンセンの野外博物館で私たちは数時間行動を共にすることができました。

 彼女はそれまで一度も教会に行ったことはありませんでした。しかし、彼女は昨日のノルマルム教会の礼拝に、来てくれたのです。

 (同じ日に、吉備教会でも初めて礼拝に来る高校生がありました!)

 ナタリーが来た!といううれしさで、私はここがスウェーデンであることも、自分が外国人であることも、全部忘れて、ただもう涙が出そうでした。

 一人の人が、キリストに近づいた。このことにまさる喜びは無いのですね。そこが日本であろうが北欧であろうが。

 この喜びのためにこそ、かつてスウェーデンの宣教師たちは遠く日本を目指したのですね。

 私が今回の旅で確認したことは、つまるところ2つです。

 答えは聖書にあるということ。

 クリスチャンの一番の喜びは、誰かがキリストに出会うこと。

また、これは海のかなたにあるのではないから、「だれが、私たちのために海のかなたに渡り、それを取って来て、私たちに聞かせて行わせようとするのか」と言わなくてもよい。

まことに、みことばは、あなたのごく身近にあり、あなたの口にあり、あなたの心にあって、あなたはこれを行うことができる。

 申命記30:13-14

 日本の毎日と変わること無く、日々を祝福し、平安で満たし続けてくださった神さまに感謝します。

 そして、今回の旅の仲間たちに感謝します。留守を守ってくれた仲間たちにも。

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