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ミッショントリップ振り返り1/さやかさんの場合「楽器職人が自分の作品に耳をあてて音を聞くように」

 さてほぼ最終日となりましたので、振り返りの文章など載せようと思います。

 まずは、スモーランドステーなるからエックショーに駆けつけてくれたさやかさんですよ。

 抜群の翻訳で、本当に助けられました。では、どうぞ。

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 こんにちは、旅に飛び入り参加させてもらった小国さやかと申します。

 斉藤センセイとは1992年の夏クリスチャンのキャンプで同じグループになってからの友だちです。当時18の私は信仰持ちたて、いつも興味津々、好奇心と感受性が服を着て歩いているようなものでした。そんなとき、私はスウェーデンという国のことばと音楽をそのキャンプでみみにすることになります。

 つまり私のスウェーデンとの出会いに斉藤先生は立ち会っていたのです。(それについては、お望みでしたらかいつまんで彼から説明があります) あれから26年の月日が経ち、私は神様の許しの中で不思議なことに家族中でスウェーデンに住んでいるのです。

 二十歳でスウェーデンに留学しました。若かった私は吸い取るように言葉を覚え、留学中のある日、若者たちが体験したような教会行事で、ジャパニーズナイトで奉仕をしたときのことです。エバさんのお父さんであるグンナル先生におあいしました。先生は日本語がお上手で有名な方でしたが、そんな先生が私のところに来てしばらく話していると、私にこう言ってくれました。

 あなたはスウェーデンと日本の架け橋のような役割をしたらいい、その言葉の能力を活かして!

 そして祝福の祈りを特別にしてくださいました。その祈りのことが今回とくに心に迫りました。こんなに忘れっぽい私がその祈りのことを忘れずにいて、しかもその言葉が迫ってくるというのは聖霊の助けによるのだろうと解釈しています。

 日本からの若者たちとの出会いはまた新たな発見の連続でした。高校教員という職業柄、若者に触れ合う機会が多いのですが、比べると日本のクリスチャンの若者たちは真摯で、教育が行き届いていて物分かりも良さそうで、スウェーデンに来てゆるみがちな背筋を正される思いでした。

 この子たちは世俗的な日本の文化の中で信仰を持ち続けるために、かんがえ、感じ、頑張ってるんだろう。またまわりで彼らのために祈りも積まれている。いやー、自然で明るくて、疲れていても気を使ってほんとに立派でした。

 話は少し変わるけど、私が思うのは、人生の道のりを歩むのはすなわち、旅の途中である、ということです。起こることに対して意味がわからなくても、つらくても、苦しくても、共にいてくださる主に助けられながら、歩んでいくのだということです。

 歩むに至らずそこに留まらなければならないときもあるかもしれない。思っている以上に長く。一度に何もかも物分かり良く理解できなくてもいい、腹が立つときもある、持たなくてもいい感情が心にある、考えたくない考えが頭にある、全て主がご存知であることを忘れずに主を信じていくということを、私はつくづくおしえられています。

 楽器職人が自分の作品に耳をあてて音を聞くように、私にもあなたにも主ご自身が、耳を当てて聴いてくださり、オンリーワンの音色を奏でるように作ってくださっていることを忘れないようにいきましょうね。

 旅行に関わった全ての方々に心からの感謝を捧げ、携帯のフリック入力を終えようと思います。

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